見過ごされた「過去の積み重ね」をアイデアの種に変える:IT企業PMのための創造的視点と方法
はじめに:日常に潜む「過去の積み重ね」というアイデアの鉱脈
日々の業務の中で、私たちは様々な「過去の積み重ね」に囲まれています。それは、長年運用されてきたレガシーシステムかもしれませんし、当たり前になっている業務プロセス、過去のプロジェクトで作成された大量のドキュメント、あるいはチームや組織に根付いた慣習かもしれません。IT企業のプロジェクトマネージャーであれば、特にこうした「過去の積み重ね」と向き合う機会が多いのではないでしょうか。
技術の進化は目覚ましく、新しい手法やツールが次々と登場します。目の前の複雑な課題に対して、最新の知識やフレームワークを適用しようと考えるのは自然な流れです。しかし、既存の手法だけでは解決が難しい状況に直面したとき、あるいはチームや組織全体のイノベーションを促進したいと考えたとき、私たちはどこに目を向けるべきでしょうか。
実は、見過ごされがちな「過去の積み重ね」の中にこそ、新しいアイデアの種や問題解決のヒントが隠されていることがあります。それは、単なる負債としてではなく、「知恵の遺産」として捉え直すことができるからです。
本記事では、IT企業PMの視点から、「いつもの風景」である「過去の積み重ね」をアイデアの種に変えるための具体的な視点と方法をご紹介します。
「過去の積み重ね」をどのように捉え直すか
「過去の積み重ね」と聞くと、どうしても非効率や技術負債といったネガティブな側面を連想しがちです。しかし、ここでいう「過去の積み重ね」は、単に古いものを指すのではなく、現在に至るまでの「道のり」や「文脈」そのものを指します。
IT企業PMの日常で言えば、以下のようなものが「過去の積み重ね」として考えられます。
- レガシーシステムや古いコードベース: 長年運用されているが、技術的に古くなっているシステム。
- 定着した業務プロセスやワークフロー: 非効率だと感じつつも、当たり前のように続けられている手続き。
- 過去のプロジェクトの成果物やドキュメント: 成功事例だけでなく、失敗事例や原因分析レポートも含む。
- 組織内の慣習や暗黙のルール: 明文化されていないが、チームや部門で共有されているやり方。
- 顧客やユーザーの過去の行動データ: システムログや問い合わせ履歴、アンケート結果など。
これらを単なる「あるもの」としてではなく、「なぜこうなっているのだろう?」「これができた背景には何があったのだろう?」という問いを持って観察することが、第一歩となります。
アイデアの種を見つけるための具体的な視点と方法
1. 考古学的視点:歴史を掘り起こす
システムやプロセスがどのように生まれ、どのように変化してきたのか、その歴史を「考古学者」のように掘り下げてみましょう。
- 問いかけの例:
- このシステム(プロセス)はいつ、何のために作られたのか?
- 当時のビジネス環境や技術的な制約は何だったのか?
- 誰が設計し、どのような意図があったのか?
- 過去にどのような改修や変更が加えられたのか? その理由は?
- 実践方法:
- 古い設計書や仕様書、議事録、メールのやり取りを探してみる。
- システム開発に関わった古参メンバーに話を聞いてみる。
- コードリポジトリの履歴を遡ってみる(特に古いコミットやブランチ)。
この視点から、現在の非効率が生まれた背景や、かつては重要だったが今は忘れられている機能・考慮事項などが見えてくることがあります。そこに、現代の技術や知見を組み合わせることで、新しい解決策や改善アイデアが生まれる可能性があります。
2. 異物発見視点:「今」と「過去」の不整合に注目する
現在の状況と「過去の積み重ね」の間にある「異物」や「不整合」は、アイデアの宝庫です。技術トレンドは変わったのにプロセスは古いまま、新しいツールを導入したのに古い慣習が残っている、といった状況です。
- 問いかけの例:
- 最新技術が使われている部分と、古い技術が残っている部分の間にどのような「継ぎ目」があるか?
- 今のビジネス目標と、過去の設計思想の間で矛盾している点はないか?
- 新しいワークフローを導入したが、なぜかボトルネックになっている古い手順は何か?
- 実践方法:
- システム構成図と実際の動作を比較し、乖離している点を探す。
- 業務フロー図を作成し、各ステップで使われているツールや手法の「新旧」を色分けしてみる。
- チームメンバーから「これって、なぜこうなっているんだろう?」という疑問の声を集める。
この不整合は、多くの場合、非効率や問題点の根源となっています。しかし、その原因を深く探ることで、本質的な課題が見え、抜本的な改善アイデアに繋がるのです。
3. 文脈再構築視点:「知恵の遺産」を現代に活かす
過去の失敗事例や、忘れ去られた知見の中には、現代の課題解決に役立つ「知恵の遺産」が眠っていることがあります。
- 問いかけの例:
- 過去の失敗プロジェクトから、現代のプロジェクトに応用できる教訓は何があるか?
- かつて存在したが、今は使われなくなった機能やツールがあったのはなぜか? そこに隠れたニーズはなかったか?
- 以前のドキュメントに記載されているが、現在誰も意識していない運用ルールや考慮事項は何を示すか?
- 実践方法:
- 過去のポストモーテム資料や反省会レポートをチームで見直す。
- 退職者や異動したメンバーが残した個人ファイルやナレッジベースを「宝探し」する。
- 過去の問い合わせ履歴やユーザーのフィードバックを、現在の状況に合わせて再分析する。
特に、過去の失敗から学ぶことは非常に重要です。同じ過ちを繰り返さないための対策だけでなく、その失敗が示唆する本質的な課題や、当時見落とされていた視点を発見できることがあります。
具体的なビジネス応用事例(架空)
事例1:レガシーシステムのログから潜在ニーズを発見
あるIT企業PMのチームは、長年運用されている顧客向けWebシステムの刷新を検討していました。レガシーな技術が使われており、保守コストが高いことが課題でした。システム刷新の要件定義を進める中で、過去のアクセスログやエラーログを「考古学的視点」で見直しました。
単なるエラー報告として見過ごされていた特定のログパターンが、実は特定の条件下でユーザーが本来意図しない複雑な操作を試みている痕跡であることに気づきました。さらに掘り下げると、その操作は本来システムに存在しない「回避策」であり、ユーザーが特定のニーズを満たそうとしていたことが分かりました。
この「異物(意図しない操作ログ)」を起点に、ユーザーへのヒアリングやデータ分析を進めた結果、新たな機能開発の強力なヒントとなり、システム刷新において顧客満足度を大きく向上させる機能要件として取り込むことができました。
事例2:過去の失敗プロジェクトから新しいチーム体制を考案
別のPMは、類似したプロジェクトで過去に失敗した経験を持つチームを引き継ぎました。失敗の原因分析レポートには、技術的な課題だけでなく、コミュニケーション不足や役割分担の曖昧さが指摘されていました。
この失敗レポートを「文脈再構築視点」で深く読み解き、「なぜ当時そのような状況になったのか?」「どうすれば回避できたか?」をチームで議論しました。その結果、単にコミュニケーションツールを導入するだけでなく、異なる専門性を持つメンバー間で日常的に情報交換を促すための新しい定例ミーティング形式や、役割を明確化しつつ柔軟なサポート体制を築くための「バディ制度」といったアイデアが生まれました。
過去の「負の遺産」から学びを得て、チーム運営の「知恵の遺産」に変えることで、プロジェクト成功の確率を高めることができました。
実践へのヒント:日常に「過去の積み重ね観察」を取り入れる
「過去の積み重ね」からアイデアを見つける視点は、特別な時間にだけ行うものではありません。日々の業務の中に意識的に取り入れることが重要です。
- 「なぜ?」を習慣にする: 当たり前だと思っているシステムやプロセスに対して、「なぜこうなっているのだろう?」「これはいつから続いているのだろう?」と疑問を持つ癖をつけましょう。
- ドキュメントや記録を「史料」として読む: 古い設計書や議事録を読む際に、単なる参照資料としてだけでなく、「当時の人々の考えや状況を知るための史料」として読んでみましょう。
- チームで「過去の知恵掘り起こし」セッションを持つ: 定期的に、過去のプロジェクトの振り返りや、長年使われているシステムの歴史を語り合う時間を設けることで、見過ごされていた知見が共有されることがあります。
- 異分野の視点を取り入れる: 歴史学や考古学がどのように過去の情報を分析し、そこから洞察を得るのかを知ることも、ヒントになります。ビジネス書のほか、歴史に関する書籍などを読んでみるのも良いでしょう。
まとめ
「いつもの風景」である「過去の積み重ね」は、一見、単なる重荷や非効率の源に見えるかもしれません。しかし、そこに眠る歴史、制約、試行錯誤のプロセス、そして潜在的なニーズは、現代のビジネスにおける複雑な課題を解決し、新たな価値創造に繋がるアイデアの宝庫でもあります。
IT企業PMとして、日々の業務の中で意識的に「過去の積み重ね」に創造的な視点を向け、そこから知恵を引き出す習慣を持つことは、自身の問題解決能力を高めるだけでなく、チームや組織全体のイノベーションを促進する強力な力となります。
過去を単に振り返るだけでなく、未来へのアイデアの種として積極的に活用していくこと。それが、変化の激しい時代を乗り越えるための一つの鍵となるでしょう。