日常業務の「見えない継ぎ目」をアイデアの種に変える:IT企業PMの観察視点
複雑化するビジネス課題に立ち向かうために:日常に潜むアイデアの種を見つける視点
ビジネス環境が目まぐるしく変化する現代において、IT企業におけるプロジェクトマネージャーの役割は、単に計画通りに物事を進めることに留まりません。既存の手法やフレームワークだけでは対応できない複雑な課題に直面し、時にはチーム全体のイノベーションを牽引する必要に迫られることもあります。このような状況で求められるのは、論理的な思考力に加え、凝り固まった視点から離れ、新しいアイデアを生み出す創造的な思考力です。
しかし、「創造的思考」や「アイデア発想」と聞くと、特別なトレーニングや才能が必要だと感じたり、日々の忙しい業務とはかけ離れたものだと考えたりするかもしれません。しかし、実はアイデアの種は、あなたのすぐ隣、普段意識しない「いつもの風景」の中に溢れています。
本記事では、IT企業PMの皆さんが日々の業務や生活の中で見過ごしがちな「見えない継ぎ目」に焦点を当て、それをイノベーションや問題解決のためのアイデアの種に変えるための具体的な観察視点と方法論をご紹介します。
「見えない継ぎ目」とは何か? なぜアイデアの種になるのか
私たちがシステムを開発し、運用し、ユーザーにサービスを提供するプロセスは、様々な要素の「継ぎ目」で成り立っています。システムとシステムの連携、部署と部署の情報伝達、オンラインとオフラインのサービス移行、顧客とのコミュニケーションの始まりと終わりなど、これらはすべて「継ぎ目」です。
しかし、私たちは日々の業務に慣れてしまうと、これらの「継ぎ目」を当たり前のものとして意識しなくなります。スムーズに流れていると思っている部分もあれば、少しぎこちなくても「そういうものだ」と受け入れてしまっている部分もあるでしょう。これが、本記事でいう「見えない継ぎ目」です。
なぜ、この「見えない継ぎ目」がアイデアの種になるのでしょうか。それは、以下の理由が考えられます。
- 問題や非効率の温床となりやすい: システム連携のエラー、情報伝達の遅延、部門間の認識齟齬など、多くの問題は「継ぎ目」で発生します。ここに潜む課題は、既存の枠組みでは見えにくい非効率の原因となっている可能性があります。
- 新しい価値提供の機会: ユーザー体験の断絶、サービス間のギャップ、情報アクセスの壁など、「見えない継ぎ目」はユーザーにとっての不便さや不満に直結していることがあります。この不便さを解消することは、そのまま新しいサービスや機能のアイデアに繋がります。
- 組織の構造や文化が反映される: 組織内の「見えない継ぎ目」は、往々にして部門間の壁、情報共有のルール、非公式なコミュニケーションラインなど、組織の構造や文化を反映しています。これらを観察することで、組織改善やチームビルディングのヒントが得られることもあります。
つまり、「見えない継ぎ目」を意識的に観察することは、単に不具合を見つけるだけでなく、潜在的な課題を発見し、ユーザーの隠れたニーズを察知し、組織の構造を理解するための重要な視点なのです。そして、その発見こそが、新しいアイデアの出発点となります。
「見えない継ぎ目」を見つけるための具体的な観察視点と方法
では、どのようにすれば、普段は意識しない「見えない継ぎ目」に気づくことができるのでしょうか。IT企業PMの視点から、具体的な観察の切り口と方法をご紹介します。
1. プロセスの「引き継ぎ」に注目する
プロジェクト管理において、タスクや情報、責任が人から人へ、チームからチームへ、フェーズからフェーズへと引き継がれる場面は数多く存在します。この「引き継ぎ」の瞬間こそ、「見えない継ぎ目」が現れやすいポイントです。
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観察の問いかけ:
- このタスクは誰から誰に渡されますか? どのような情報が渡されますか?
- 情報伝達の形式(口頭、ドキュメント、ツールへの入力など)は決まっていますか? そこに抜け漏れや認識齟齬は発生していませんか?
- 引き継ぎの前後で、担当者のモチベーションや作業効率に変化は見られますか?
- 顧客からの問い合わせは、どの部門をどのように経由して担当者に届きますか? その過程で情報は正確に、かつ迅速に伝わっていますか?
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実践方法: プロセスフローを紙に書き出す、または描画ツールで可視化し、「引き継ぎ点」を特定して具体的なやり取りを想像・観察します。関係者にヒアリングする際には、「〜する時に困ったことはありますか?」「〜を受け取った後、確認に時間がかかることは?」など、「継ぎ目」に焦点を当てた質問を投げかけてみましょう。
2. システムやツールの「連携部分」をユーザー視点で見る
ITPMはシステムの内部構造に詳しいため、つい技術的な視点に偏りがちです。しかし、「見えない継ぎ目」は、むしろシステムやツールを「使う側」の視点に立った時に見えてくることが多いです。
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観察の問いかけ:
- ユーザーは、このシステムから得た情報を、次にどのシステムやツールで利用しますか? そのデータの受け渡しはスムーズですか? 形式変換など手作業が必要ですか?
- 異なるシステム間で、ユーザーインターフェースや用語に一貫性はありますか? ユーザーは混乱していませんか?
- エラーメッセージが出た後、ユーザーはどのように行動していますか? エラーハンドリングの「継ぎ目」でユーザーは迷っていませんか?
- 自社システムと外部サービスとの連携部分で、ユーザーはどのような操作をしていますか? そこに不便さはありませんか?
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実践方法: 実際にユーザーになったつもりで、複数のシステムやツールをまたがる一連の作業を自分で試してみます。可能であれば、実際のユーザーが操作している様子を観察させてもらうと、想定外の「継ぎ目」でのつまずきを発見できることがあります。システムのログだけでなく、ユーザーの行動履歴やサポートへの問い合わせ内容も「継ぎ目」のヒントを含んでいる可能性があります。
3. コミュニケーションの「非公式な回避策」に気づく
公式な業務プロセスやコミュニケーションラインとは別に、チーム内や部門間で暗黙のうちに行われている「非公式な回避策」は、「見えない継ぎ目」の存在を強く示唆しています。
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観察の問いかけ:
- 情報共有のために、特定のメンバー間で非公式なチャットグループが使われていませんか? それはなぜですか? 公式な情報共有プロセスに何か問題がありますか?
- ある特定のタスクをスムーズに進めるために、担当者が本来の手順を飛ばしたり、個人的なコネクションを使ったりしていませんか?
- 会議の議事録に残らない、立ち話や雑談の中で重要な情報交換が行われていませんか?
- 顧客や協力会社とのやり取りで、「こういう時はいつも〇〇さんに聞く」「あの部署には△△という言い方をした方が早い」といった暗黙のルールや慣習はありませんか?
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実践方法: チームメンバーや関係者との日々の会話に注意深く耳を傾けます。「〜っていつも大変だよね」「〜するのに時間がかかる」「〜さんに聞けば何とかなる」といった、現状への不満や特定の人物への依存を示すような発言は、「見えない継ぎ目」のヒントかもしれません。これらの発言の背景にある「なぜ」を探ることで、公式プロセスと現実の乖離が見えてきます。
見つけた「継ぎ目」をアイデアに繋げる思考法
「見えない継ぎ目」を発見したら、それを具体的なビジネスアイデアや問題解決策に繋げていきましょう。ここでは、論理的思考と創造的思考を組み合わせる方法をご紹介します。
ステップ1:課題の明確化と深掘り(論理的思考)
見つけた「継ぎ目」が具体的にどのような課題を引き起こしているのかを論理的に分析します。
- なぜその継ぎ目で問題が発生するのか? (原因分析)
- 誰が、何が、どのように困っているのか? (影響分析)
- その課題は、プロジェクト全体、チーム、顧客にどのような影響を与えているのか? (重要度評価)
- 理想的な状態はどのようなものか? (目標設定)
この段階では、客観的な事実やデータに基づいて課題を特定し、その本質を理解することが重要です。例えば、「システムAからBへのデータ連携が遅い」という「継ぎ目」を見つけたら、具体的にどのデータが、どのくらいの頻度で、どの程度遅延し、それが次の工程や顧客にどのような不利益をもたらしているのかを明確にします。
ステップ2:多様な視点での発想(創造的思考)
課題が明確になったら、それを解決するため、あるいはその「継ぎ目」自体を新しい価値に変えるためのアイデアを多様な視点から生み出します。
- 制約を取り払って考える: 「もし技術的な制約が一切なかったら?」「予算が無限だったら?」など、敢えて現状の制約を無視して理想的な解決策を想像します。
- アナロジー思考: 全く異なる分野や日常の出来事で、似たような「引き継ぎ」や「連携」がどのように行われているかを考え、そこからヒントを得ます。例えば、物流システムの引き継ぎ、リレー競技のバトンパス、料理のレシピの次の工程への移行など、意外なところに解決策の萌芽があるかもしれません。
- 「〜をなくす」「〜を足す」「〜を逆にする」などの思考法: 見つけた「継ぎ目」において、「この情報伝達をなくすには?」「このプロセスに何かを足すとどうなる?」「引き継ぎの順番を逆にしたら?」など、意図的に要素を操作して考えを広げます。(例:SCAMPER法の一部を活用するイメージです)
- ユーザーになりきる: 再度、その「継ぎ目」で最も影響を受けるユーザー(社内ユーザー、顧客など)になりきり、「こんな機能があればいいのに」「こうだったら楽なのに」といった、願望ベースのアイデアを自由に発想します。
この段階では、アイデアの質よりも量を重視し、突飛に思えるような発想も否定せずに出し尽くすことが大切です。論理的な分析で特定した課題に対して、創造的な発想で多様な解決策の可能性を探るのです。
ステップ3:アイデアの評価と具体化(論理的思考)
多様なアイデアが出揃ったら、再び論理的な思考を使って、実現可能性、効果、リスクなどを評価し、具体的な解決策として落とし込みます。
- 出されたアイデアは、ステップ1で明確にした課題を解決できるか? (課題解決度評価)
- 技術的に実現可能か? 必要なリソース(時間、コスト、人員)は? (実現可能性評価)
- 期待される効果は? 誰に、どのようなメリットがあるか? (効果評価)
- 実行に伴うリスクは? デメリットは? (リスク評価)
複数のアイデアを比較検討し、最も有望なものを絞り込みます。そして、それを具体的な機能要件や改善計画として詳細化していきます。このプロセスは、まさにITPMが得意とする領域であり、創造的なひらめきを現実的なアクションに繋げる重要なステップです。
IT企業PMとしての「見えない継ぎ目」活用の可能性
「見えない継ぎ目」に注目する視点は、ITPMの業務において様々な形で応用可能です。
- プロジェクト管理の改善: プロジェクト内のタスク引き継ぎや情報連携の「継ぎ目」を観察し、非効率の原因となっている部分を特定することで、プロセス改善やツール導入による効率化のアイデアが生まれます。
- チームのパフォーマンス向上: チームメンバー間のコミュニケーションにおける「見えない継ぎ目」(例:暗黙の前提、情報共有の偏り)を理解することで、より効果的なチームビルディングや情報共有ルールの改善に繋がります。
- 新しいサービスや機能の企画: 顧客が既存サービスを利用する上での「見えない継ぎ目」(例:他社サービスとの連携、オフラインでの行動との連動)に潜む不便さを発見することで、新しい機能開発やサービス連携のアイデアが生まれます。
- 組織全体の変革: 部署間の「見えない継ぎ目」(例:部門間連携のボトルネック、異なる文化や価値観の衝突)を観察し、その根源を理解することで、組織構造や企業文化の変革に向けた提言や施策立案のヒントが得られます。
実践へのヒント
「見えない継ぎ目」を捉える観察眼は、意識することで磨かれていきます。以下の点を日々の習慣に取り入れてみることをお勧めします。
- 「なぜ?」を問いかける習慣: 日常業務で当たり前だと思っていること、少しでも「あれ?」と感じたことに対して、「なぜそうなっているのだろう?」「他のやり方はないのだろうか?」と問いかける習慣をつけましょう。
- 観察ノートをつける: 気づいた「見えない継ぎ目」や、そこから連想したアイデアを記録しておきましょう。スマートフォンやPCのメモ機能、専用のノートアプリなどを活用できます。後で見返すと、点と点が繋がって新しい発想が生まれることがあります。
- 異分野に触れる: 自分の専門分野や業界以外の情報に触れることで、思わぬアナロジーのヒントが得られることがあります。趣味、ニュース、書籍、他業種の人との会話など、意識的に視野を広げてみましょう。
- チームで共有する: 自分一人だけでなく、チームメンバーや関係者と観察結果や気づきを共有する時間を設けてみましょう。多様な視点からの意見交換は、「見えない継ぎ目」を多角的に捉え、アイデアを深める上で非常に有効です。
まとめ
IT企業におけるプロジェクトマネージャーの業務は、ロジックとシステムが中心になりがちですが、イノベーションの種は、むしろ論理では割り切れない人間の行動や、システムとシステム、組織と組織の間の「見えない継ぎ目」に潜んでいることが多くあります。
日々の「いつもの風景」の中に潜む「見えない継ぎ目」に意識的に目を向け、それを論理的な分析と創造的な発想を組み合わせて探求することで、これまで見過ごしていた課題や、新しい価値創造の機会を発見できるはずです。
この「見えない継ぎ目」を観察する視点は、あなたの問題解決能力を高め、チーム全体の創造性を刺激し、プロジェクトに新たな価値をもたらすための強力なツールとなるでしょう。ぜひ、今日からあなたの周りの「見えない継ぎ目」を探してみてはいかがでしょうか。