ITPMのための「問い」から始まるイノベーション:日常業務の小さな違和感をアイデアに繋げる視点
はじめに:日常の中に潜む「アイデアの種」とは
現代のビジネス環境は目まぐるしく変化し、特にIT業界においては、既存の知識や手法だけでは対応しきれない複雑な課題に直面することが増えています。プロジェクトマネージャーの皆様も、これまで培ってきた論理的な思考力やプロジェクト管理スキルに加え、非定型な問題に対する創造的な解決策や、チームのイノベーションを促進する能力の必要性を感じていらっしゃるのではないでしょうか。
では、そうした創造性や革新的なアイデアは、どこから生まれてくるのでしょうか。特別な研修や合宿に参加しなければ得られないものなのでしょうか。
いいえ、実は「アイデアの種」は、皆様が日々向き合っている「いつもの風景」の中にこそ、無数に潜んでいます。会議中のふとした沈黙、通勤電車で目にした広告、オフィス内で耳にした同僚のつぶやき、そして何より、日常業務の中で感じる小さな「問い」や「違和感」。これらを単なる雑音として見過ごさず、意識的に捉え直す視点と、それをアイデアに繋げる方法論を持つことが、創造的な問題解決やイノベーションの第一歩となります。
本記事では、IT企業PMの日常業務という「いつもの風景」に焦点を当て、そこに潜む小さな「問い」や「違和感」をどのように捉え、いかにして具体的なアイデアや革新に繋げていくか、そのための具体的な視点と方法論について解説します。
「いつもの風景」としてのプロジェクト業務を捉え直す
プロジェクトマネージャーの日常は、計画策定、タスク管理、進捗報告、リスク対応、チームとのコミュニケーションなど、多岐にわたります。これらの業務は、多くの場合、定められたプロセスやフレームワークに沿って遂行されます。しかし、この「当たり前」と思っている日常業務の中にこそ、イノベーションのヒントが隠されています。
例えば、
- 定例会議: いつも同じ形式で進行し、形式的な報告に終始していないか。
- コードレビュー: 特定の種類のバグが繰り返し発生していないか。その原因はどこにあるのか。
- 顧客との対話: 顧客が言語化できていない、潜在的な不満やニーズはないか。
- チーム内のコミュニケーション: 情報伝達にボトルネックはないか。メンバーが抱える隠れた悩みはないか。
- 自身のタスク管理: 特定の作業にいつも想定以上の時間がかかっていないか。
これらは、日々繰り返される「いつもの風景」です。私たちはこれらの風景を効率的にこなすことに集中しがちですが、一歩立ち止まり、「なぜこうなっているのだろう?」「他にやり方はないのだろうか?」「この違和感は何を意味するのだろう?」といった問いを投げかけることで、見慣れた風景が全く違ったものに見えてきます。
アイデアの種の見つけ方:小さな「問い」や「違和感」を意識的に捉える
アイデアの種を見つける最初のステップは、日常の中に潜む小さな「問い」や「違和感」を意識的に捉えることです。これは、積極的に「粗探し」をするというよりは、自身の好奇心や探求心を働かせ、当たり前と思っていることに対して少し立ち止まって考えてみる姿勢と言えます。
具体的な「問い」や「違和感」の例としては、以下のようなものがあります。
- 「なぜ、いつもこのタスクで遅延が発生するのだろうか?」
- 「この報告書、本当にみんなの役に立っているのだろうか?」
- 「顧客は『満足している』と言っているが、その裏に隠された不便さはないか?」
- 「Aさんはいつも楽しそうに仕事をしているが、Bさんはなぜか元気がないように見える。何か原因があるのだろうか?」
- 「このツールは便利だが、特定の操作がやけに煩雑だ。なぜこうなっているのだろう?」
これらの問いや違和感は、漠然とした感覚であることも多いかもしれません。重要なのは、そうした小さなサインを見過ごさず、「何かおかしい」「もっと良くできるのではないか」という感覚を意識的に拾い上げることです。
「種」をアイデアに育てる具体的な方法論
小さな「問い」や「違和感」という「種」を見つけたら、次にそれを具体的なアイデアへと育てていくプロセスが必要です。ここでは、論理的思考と創造的発想を組み合わせるためのいくつかの方法を紹介します。
1. 「問い」や「違和感」の記録と深掘り
捉えた問いや違和感は、すぐに忘れてしまいがちです。まずは、デジタルツール(メモアプリ、タスク管理ツール、専用のアイデアノート)やアナログのノートに記録する習慣をつけましょう。
記録する際に、その「問い」や「違和感」が生じた具体的な状況や背景、そして「なぜそう感じたのか」という理由も一緒に書き添えておくと、後で振り返ったときに深掘りしやすくなります。
次に、その記録した内容に対して、さらに深く問いかけます。例えば、「なぜこのタスクで遅延が発生するのか?」という問いに対して、
- 誰が遅延させているのか?(人)
- どんなタスクなのか?(物)
- いつ発生するのか?(時)
- どこで発生するのか?(場所)
- なぜ発生するのか?(理由)
- どのように発生するのか?(方法)
といった5W1Hで問いかけたり、「なぜなぜ分析」のように「なぜ?」を5回繰り返したりすることで、根本原因や隠された課題が見えてくることがあります。
2. 多角的な視点からの情報収集と統合
自分の視点だけでは見えない側面に気づくために、他者の視点を取り入れることが有効です。
- チームメンバーへの問いかけ: 自分の感じた違和感をチームに共有し、「皆さんの中で、これについてどう感じますか?」「何か思い当たることはありますか?」と率直に問いかけてみましょう。予期せぬ洞察が得られることがあります。
- 顧客へのヒアリング: 顧客との会話の中で、サービスの利用状況や課題について、より深く掘り下げて質問してみます。何気ない一言が、新たなニーズのヒントになることがあります。
- 異分野からの情報収集: 自身のIT分野だけでなく、全く異なる業界の慣習や事例を調べたり、読書や交流を通じて異分野の人々と話したりすることで、既存の枠にとらわれない発想が得られることがあります。アナロジー思考として、他の分野の「当たり前」を自身の業務に当てはめて考えるのも有効です。
収集した多様な情報を、マインドマップやKJ法などの手法を使って整理し、関連性を見つけ出すことで、断片的だった情報が構造化され、問題の全体像や新たな機会が浮かび上がってきます。
3. 構造化された問いに対するアイデア発想
深掘りや多角的な視点から、具体的な問題提起や機会として問いが構造化されたら、創造的なアイデア発想の段階に移ります。
- ブレーンストーミング: チームで、あるいは一人で、構造化された問いに対する解決策や実現したい姿を自由に発想します。この段階では、アイデアの質よりも量を重視し、批判をせずに多様な可能性を探ります。
- SCAMPER法(部分的応用): 既存のプロセスや仕組みに対し、SCAMPERのチェックリスト(Substitute: 代用する、Combine: 組み合わせる、Adapt: 応用する、Modify: 修正・拡大・縮小する、Put to another use: 他の用途に使う、Eliminate: 排除する、Reverse/Rearrange: 逆にする・並べ替える)を使って問いを投げかけることで、新しいアイデアを生み出すきっかけとします。例えば、既存の報告プロセスを「排除」したらどうなるか、「他のツールと組み合わせ」たらどうか、といった問いを立てます。
これらの方法を通じて生まれたアイデアは、実現可能性や効果を考慮しながら、具体的なアクションへと落とし込んでいきます。
IT企業PMとしての応用事例
ここで、IT企業PMが日常の「問い」や「違和感」からアイデアを生み出し、業務改善やイノベーションに繋げた架空の事例をいくつかご紹介します。
- 事例1:会議の効率化
- 「問い/違和感」: 「毎週の定例会議が、いつも時間内に終わらず、議論が深まらない気がする。なぜだろう?」
- 深掘り/観察: アジェンダが不明確、参加者が事前に準備していない、特定の人が話しすぎる、結論が出ないまま次の議題に移る、などが観察された。
- アイデア発想: アジェンダを事前に参加者に共有し、各議題の目的(報告、議論、決定)を明記する。議事録のリアルタイム共有ツールを導入する。特定の議題は別途少人数で議論する場を設ける。参加者全員が一度は発言するルールを作る。
- 結果: 会議時間が短縮され、参加者のエンゲージメントが向上し、意思決定のスピードが上がった。
- 事例2:開発プロセスの改善
- 「問い/違和感」: 「特定の機能開発で、リリース後にいつも予期せぬバグが見つかる。なぜ、テストで見つけられないのだろう?」
- 深掘り/観察: その機能に関わる要件定義の粒度が粗い傾向がある。テストケースの設計が、特定の利用シナリオに偏っている。開発者とテスター間の連携が不足している。
- アイデア発想: 要件定義段階で利用者視点の「Why」を深掘りするワークショップを実施する。テストケース設計に開発者も早期から関与する。障害発生時の根本原因分析をチームで習慣化し、再発防止策をプロセスに組み込む。
- 結果: リリース後のバグ発生率が低下し、開発チームの品質意識が向上した。
- 事例3:顧客満足度の向上
- 「問い/違和感」: 「顧客は契約を継続してくれているが、新機能の利用率が低い。本当に我々のサービスに価値を感じているのだろうか?」
- 深掘り/観察: 顧客へのヒアリングで、既存機能で十分だと感じている、新機能の存在を知らない、使い方がわからない、といった声が聞かれた。
- アイデア発想: 新機能の告知方法を見直す(メールだけでなく、サービス内の通知や活用事例セミナーを開催)。利用ガイドの形式を改善(テキストだけでなく動画を追加)。顧客の利用状況データを分析し、パーソナライズされた活用提案を行う機能を追加する。
- 結果: 新機能の利用率が向上し、顧客からのポジティブなフィードバックが増加した。
これらの事例のように、日常業務の中で感じる小さな「問い」や「違和感」は、隠れた課題や、顧客・チームの真のニーズを示唆していることが多くあります。それらを丁寧に拾い上げ、構造化し、多様な視点と方法でアイデアへと展開していくことが、単なる問題解決を超えた、創造的な価値創造に繋がるのです。
実践へのヒントと習慣
日常の「問い」からアイデアを生み出す力を養うためには、いくつかの習慣を意識することが有効です。
- 「問い」を持つ習慣: 目にするもの、耳にするもの、行うこと全てに対し、「なぜ?」「本当に?」「他に?」と問いかける癖をつけましょう。特に、当たり前だと思っていることや、長く変わらないことに対して意識的に問いを立ててみてください。
- 記録する習慣: 良いアイデアや問いは、いつ生まれるかわかりません。すぐにメモできる環境を整え、頭の中だけでなく形として残しておきましょう。
- 多角的な視点を取り入れる習慣: 意図的に普段話さない部署の人と交流したり、異業種交流会に参加したり、専門外の本を読んだりすることで、自身の視野を広げましょう。
- 「違和感」を歓迎する姿勢: 違和感は、現状とあるべき姿、あるいは異なる可能性とのギャップを示すサインです。それを否定したり見過ごしたりせず、「これは面白いサインかもしれない」と捉え、探求する姿勢を持つことが重要です。
- チームで「問い」や「違和感」を共有する文化作り: PMとして、チームメンバーが感じている小さな課題や疑問を自由に発言できる心理的安全性の高い環境を作りましょう。定期的に「最近、何か気になっていることはありますか?」と問いかける時間を持つことも有効です。
まとめ
IT企業プロジェクトマネージャーの皆様にとって、日々の業務は単なるタスクの連続ではなく、創造的なアイデアと問題解決の宝庫です。「いつもの風景」の中に潜む小さな「問い」や「違和感」を意識的に捉え、それを深掘りし、多角的な視点と具体的な方法論を用いてアイデアへと繋げていくプロセスは、皆様自身の成長はもちろんのこと、チームのイノベーションを促進し、プロジェクトを成功に導くための強力な武器となります。
論理的な思考力に加え、日常を観察する眼差しと、創造的な「問い」を持つこと。この二つを組み合わせることで、皆様はいつもの風景から、まだ誰も気づいていないアイデアの種を見つけ出し、育てることができるはずです。ぜひ、今日からご自身の日常業務の中に潜む小さな「問い」に耳を澄ませてみてください。