IT企業PMのための「コミュニケーションの型」をアイデアの種に変える:メール、議事録、チャットの観察法
日々のプロジェクト遂行において、IT企業で働く皆様、特にプロジェクトマネージャーの皆様は、膨大な情報と向き合われています。メール、チャット、会議議事録、各種ドキュメントなど、多様な形式のコミュニケーションが業務の中心を占めていることと存じます。
ビジネス環境が複雑化し、既存の知識や手法だけでは解決が難しい課題に直面することも増えているのではないでしょうか。チームのイノベーションを促進し、非定型業務における創造性を高めることの重要性を日々感じておられるかもしれません。
私たちはつい、これらのコミュニケーションを「情報を伝達・記録するための手段」として捉えがちです。しかし、「いつもの風景をアイデアの種に変える」という視点に立てば、日常的に交わされるコミュニケーションの中にも、まだ見ぬ課題やイノベーションに繋がるヒントが隠されている可能性があります。
本記事では、IT企業PMの皆様が日々のメール、議事録、チャットといった「コミュニケーションの型」を意識的に観察し、そこに潜む「アイデアの種」を見つけ出し、具体的なビジネスアイデアや問題解決策に繋げるための視点と方法をご紹介いたします。
「コミュニケーションの型」とは何か?:いつもの風景をアイデアの種として再定義する
私たちが日常的に使用しているコミュニケーションには、無意識のうちに確立された「型」が存在します。例えば、
- メールのCCに入れるべきメンバーや定型的な結びの言葉
- 会議議事録の標準的なフォーマットや必須項目
- チャットでの応答の速度や絵文字の使用頻度
- 特定の状況下で使われる専門用語や略語
これらの「型」は、過去の経験から生まれた効率化や共通理解のための知恵であり、スムーズな業務遂行に不可欠なものです。しかし一方で、これらの型があまりにも当たり前になりすぎると、私たちはそこに潜む「違和感」「非効率」「潜在的なニーズ」を見過ごしやすくなります。
「いつもの風景」としてのコミュニケーションの型を、アイデアの種として捉え直すとは、こうした無意識に使っているパターンやルールを意識化し、「なぜこうなっているのだろうか」「他のやり方はできないか」と問いを投げかけることです。
アイデアの種を見つける観察視点
コミュニケーションの型の中にアイデアの種を見つけるためには、いくつかの観察視点が有効です。
視点1:違和感や非効率を探る
日々のコミュニケーションの中で、「少し手間がかかるな」「なぜか毎回確認が必要になるな」「この情報はいつも遅れて伝わるな」といった小さな違和感や非効率性に気づくことが重要です。
例えば、
- メール: 特定の種類の情報伝達に際して、必ず補足説明が必要になるメールの定型句がある場合、その定型句が曖昧であるか、情報が不足している可能性があります。これは、情報伝達の仕組み自体を改善するアイデアに繋がるかもしれません。
- 議事録: 毎回、議事録の特定の項目について参加者から質問が出る場合、その項目の記載方法や収集プロセスに問題がある可能性があります。議事録テンプレートの改善や、情報共有方法の変更を検討するヒントになります。
- チャット: 特定の話題になるとチャットでのやり取りが膨大になり、後から情報を追いにくい場合、その話題に関する情報共有の方法がチャットに向いていない、あるいは専門のツールが必要であることを示唆しているかもしれません。
これらの小さな「つまずき」は、既存のコミュニケーションの型が現在の状況に最適化されていないサインであり、改善や新しいアイデアの源泉となり得ます。
視点2:行間や非言語の情報を読む
言葉として明確に表現されない、感情やニュアンス、人間関係などもコミュニケーションの重要な要素です。ITPMはシステムやロジックだけでなく、人の側面にも配慮する必要があります。
例えば、
- メール: 返信が遅い、特定の表現が避けられる、CCに入れるべき人が外されているなど、形式や速度から相手の状況や本音を推察します。
- チャット: 絵文字やスタンプの使い方、特定のメンバー間のスタンプの頻度、特定の話題でのやり取りが少ないなど、非言語的な情報からチームの雰囲気や潜在的な課題(心理的安全性など)を感じ取ります。
- 会議中の発言: 特定のメンバーが常に発言を控える、特定の話題で言葉を選ぶ、といった様子から、その人が抱える懸念や未解決の課題があることを読み取ります。
こうした行間や非言語の情報は、表面的な課題だけでなく、組織文化や人間関係に起因する、より根深い問題解決や、チームのエンゲージメントを高めるためのアイデアに繋がる可能性があります。
視点3:パターンと例外に着目する
特定のコミュニケーションパターンが繰り返されること、そしてそのパターンから外れる例外的な出来事に注目することも有効です。
例えば、
- パターン: 週次の定例報告で、特定のチームからの報告が常に同じ形式で遅れる場合、そのチーム内の報告プロセスに固有の課題があるパターンを示唆します。
- 例外: ある日突然、いつもと全く異なるトーンのメールが送られてきた場合、それは何らかの重要な変化や緊急事態が発生したサインかもしれません。その例外の原因を探ることで、予期せぬリスクや機会を発見する可能性があります。
定型的なパターンの中に隠された非効率性やリスクの兆候を見つけたり、パターンから外れる例外的な出来事から新しい可能性や改善のヒントを得たりすることができます。
アイデアの種をビジネスアイデアに変える方法論
コミュニケーションの型の中からアイデアの種を見つけたら、それを具体的なビジネスアイデアや問題解決策に発展させるための思考プロセスが必要です。
方法1:「問い」を立ててコミュニケーション要素を分解する
見つけたアイデアの種に対し、「なぜ?」「もし〜なら?」「他には?」といった問いを立てることで、アイデアを深掘りし、構造化します。
例えば、「会議議事録の確認プロセスが非効率だ」という種が見つかったとします。 * 「なぜ今の確認プロセスなのか?」 * 「誰が、どのような情報を、何のために確認しているのか?」 * 「確認の目的を達成するための他の方法は?」 * 「もし確認を不要にするとしたら、どのような情報が必要か?」
このように、コミュニケーションを「送り手」「受け手」「メッセージ内容」「媒体(ツール)」「目的」「タイミング」といった要素に分解し、それぞれの要素に対して問いを立てることで、課題の核心に迫り、様々な解決策の可能性を探ることができます。
方法2:アナロジー思考で異分野の知見を借りる
他の業界や分野におけるコミュニケーション、情報伝達、ドキュメンテーションのあり方を参考に、自分の置かれている状況に応用できないか考えます。
例えば、 * ニュース記事の見出し: 複雑なプロジェクト状況を、短い見出しで効果的に伝える方法のヒントになります。 * プレゼンテーションの構成: 聞き手を飽きさせない情報構成や視覚的な表現方法は、議事録や報告書の新しい表現方法に繋がるかもしれません。 * ゲームのUI/UX: ユーザーに直感的かつ必要な情報だけを伝えるUI/UXは、社内システムの通知や情報表示方法の改善に応用できるかもしれません。
異分野のコミュニケーション事例からインスピレーションを得ることで、既存の枠にとらわれない新しい発想が可能になります。
方法3:組み合わせと置き換え(SCAMPERの応用)
コミュニケーションを構成する要素を組み合わせたり、他のものに置き換えたりすることで、新しいアイデアを生み出します。SCAMPERのようなフレームワークは、この思考を促進する上で役立ちます。
- Combine (組み合わせる): メールでの詳細な説明とチャットでのクイックなやり取りを組み合わせた新しい報告形式は?
- Substitute (置き換える): 議事録をテキストだけでなく、簡単な図や動画で置き換えるとしたら?
- Adapt (応用する): 顧客とのコミュニケーションで使っているFAQシステムを、社内プロジェクトのナレッジ共有に応用できないか?
- Modify (修正する): メール件名のルールを少し変えるだけで、情報の重要度や緊急度をより明確に伝えられないか?
- Put to another use (他の用途に使う): プロジェクトの進捗報告チャットを、雑談や非公式な情報交換の場としても活用できないか?
- Eliminate (排除する): 定例のステータス会議の一部を、議事録の自動生成やAIによる要約で排除できないか?
- Reverse (逆にする): 通常は報告を受ける側が情報を探すところを、必要な情報が自動的に通知される仕組みにできないか?
これらの問いを、日々のコミュニケーションの「型」に対して投げかけることで、改善や新しい仕組みに関する多様なアイデアが生まれます。
方法4:コミュニケーションをデータとして分析する
ITPMの皆様は、データ分析やシステム思考に慣れ親しんでいることと存じます。過去のメールログ、チャットログ、議事録といった膨大なコミュニケーション履歴を、個人情報に配慮しつつ匿名化してデータとして捉え直し、分析する視点も非常に有効です。
- 特定のキーワードの出現頻度から、チームや組織が何に関心を持っているか、あるいは何に困っているかを推測します。
- 特定のコミュニケーションツールやチャンネルでの活動量から、情報交換のボトルネックや、非公式なコミュニケーションのハブを見つけます。
- やり取りの開始から返信までの時間や、特定の話題に関するやり取りの量などを分析することで、コミュニケーションの効率性や、議論が深まっているかどうかの指標を得ることも可能です。
このようなデータ分析からは、表面的な会話だけでは見えてこない、組織やプロジェクトの隠れた課題、あるいは特定のメンバーだけが持つ未開拓の知見などが明らかになる可能性があります。ITPMの持つデータ分析スキルは、コミュニケーションからアイデアを生み出す上で強力な武器となります。
実践へのヒント
これらの視点や方法論を日々の業務に取り入れるための小さなヒントをいくつかご紹介します。
- 「コミュニケーション観察ノート」をつける: 気づいた違和感、非効率、面白い表現、非言語的な情報などを、短いメモとして記録する習慣をつけてみます。形式にとらわれず、後で見返したときに何に気づいたか思い出せる程度で構いません。
- チームで「今日のコミュニケーション」を話題にする: 定例会議の冒頭で数分だけ、「最近のコミュニケーションで気づいたこと、変えてみたいこと」について気軽に話す時間を作ってみます。心理的安全性が高まれば、チームメンバーからも率直な意見やアイデアが出てくる可能性があります。
- 異分野の情報に触れる: 自分の専門分野だけでなく、心理学、社会学、デザイン、文学など、コミュニケーションや表現に関わる異分野の本や記事、セミナーに触れてみます。新しい視点や語彙が、コミュニケーションの観察力を高めてくれます。
- ツールやプロセスを実験的に変えてみる: 小さなチームや特定のタスクに限定して、メールの代わりに別のツールを使ってみる、議事録のフォーマットを簡易化してみる、チャットでの絵文字ルールを変えてみるなど、実験的にコミュニケーションの型を変更し、その結果を観察してみます。
まとめ
日々のメール、議事録、チャットといった「コミュニケーションの型」は、単なる情報伝達の手段ではありません。そこには、長年の慣習、組織文化、メンバーの思考パターン、そしてまだ顕在化していない課題やニーズが凝縮されています。
IT企業PMの皆様が、こうした日常のコミュニケーション風景を意識的に観察し、「違和感」「行間」「パターンと例外」といった視点から問いを立てることで、多くの「アイデアの種」を発見できる可能性があります。
そして、それらの種をアナロジー思考や要素分解、データ分析といった論理的・創造的な方法論と組み合わせることで、具体的なビジネスアイデアや、チームとプロジェクトをより良くするための解決策へと発展させることが可能です。
イノベーションや創造性は、特別な場所や時間から生まれるとは限りません。最も身近で、最も頻繁に触れている「コミュニケーションの型」の中にこそ、あなたの次なるアイデアのヒントが隠されているかもしれません。ぜひ、今日から少し意識して、日々のコミュニケーションに潜む創造性の可能性を探ってみてください。