異なる専門分野の「掛け合わせ」で生まれるビジネスアイデア:ITPMのための視点拡張術
はじめに
現代のビジネス環境は、技術の進化、市場の変化、そして顧客ニーズの多様化により、かつてないほど複雑になっています。ITプロジェクトマネージャーとして、既存のフレームワークや過去の成功体験だけでは対応が難しい、非定型かつ創造的な問題解決が求められる機会が増えていることを日々実感されているのではないでしょうか。
チーム全体のイノベーションを促進し、新しい価値を生み出すアイデアを発想するためには、論理的な思考に加え、創造的な視点を取り入れることが不可欠です。しかし、創造性とは、特別な才能や環境だけで生まれるものではありません。日常の「いつもの風景」の中に潜むアイデアの種をいかに見つけ、育てていくかが鍵となります。
本記事では、IT企業PMの皆様が日々の業務やコミュニケーションの中で触れる「異なる専門分野」や「多様な視点」をアイデアの源泉として捉え直し、それを具体的なビジネスアイデアや問題解決策に繋げるための実践的な方法論をご紹介します。
「いつもの風景」としての多様な視点
IT企業でのプロジェクト推進においては、開発エンジニア、デザイナー、マーケター、セールス担当者、経理部門、法務部門、そして顧客やパートナー企業など、様々な専門性や立場を持つ人々との連携が不可欠です。これらの異なる視点との接点は、まさに日常的な「いつもの風景」と言えます。
- 会議中の発言: 開発側の技術的な制約、マーケターの顧客インサイト、法務のリスク懸念など、それぞれの立場からのコメント。
- 部門間の情報共有: 異なる部署が持つ業務プロセス、課題、成功事例。
- 顧客との対話: 顧客が直面している本質的な課題、製品・サービスに対する率直な要望や不満。
- 非公式な会話: コーヒーブレイクでの雑談や、休憩室でのふとした会話。
これらの場面は、単なる情報交換の場として捉えられがちですが、実はそれぞれが独自の知識体系、思考様式、価値観に基づいた「視点」の表明であり、アイデアの種が豊富に含まれています。
なぜ異なる視点の「掛け合わせ」が重要なのか
なぜ、このような異なる視点を意識的に捉え、掛け合わせることが創造的なアイデアに繋がるのでしょうか。
- 固定観念の打破: 自身の専門分野に閉じこもっていると、問題や状況を特定のフィルターを通して見てしまいがちです。異なる視点に触れることは、そのフィルターを外し、見慣れたものの中に潜む別の側面や可能性に気づくきっかけとなります。
- 予期せぬ組み合わせ: 全く異なる分野の知見やアプローチを組み合わせることで、既存の手法では考えつかないような、独創的で革新的なアイデアが生まれることがあります。これは、単一の分野内での思考では到達しにくい領域です。
- 問題の多角的理解: 複雑な問題に対して、多様な視点からアプローチすることで、問題の根本原因や影響範囲をより深く、多角的に理解することができます。これは、効果的な解決策を導き出す上で不可欠です。
異なる視点を「アイデアの種」に変える具体的な方法論
それでは、日常における多様な視点との接点から、具体的にどのようにアイデアの種を見つけ、育てていけば良いのでしょうか。
1. 意識的な観察と傾聴の習慣
まずは、日常のコミュニケーションや情報に触れる際に、単なる「情報」として受け取るのではなく、そこに込められた「視点」を意識する習慣をつけましょう。
- 相手の「なぜ」に耳を澄ます: 発言の背景にある専門性、経験、あるいは個人的な関心事に注意を払います。「なぜそう考えるのだろう?」「その結論に至るまでに、どのような情報や思考プロセスがあったのだろうか?」といった問いを内包しながら傾聴します。
- 「当たり前」を問い直す: ある分野では常識とされていることが、別の分野から見ると非効率的であったり、別の可能性を秘めていたりします。異分野の人との会話で「それはどうしてそうなるのですか?」「私たちにとっては当たり前ですが、なぜそう思われるのですか?」といった質問を投げかけることで、互いの「当たり前」のギャップから新しい気づきが生まれることがあります。
- 非公式な情報の価値を認識する: フォーマルな会議だけでなく、ランチタイムや休憩室での会話、社内SNSでの投稿など、非公式な場面での率直な意見や日々の困りごとにもアイデアの種は隠されています。
2. 視点の「分類」と「分解」
観察・傾聴を通じて得られた多様な視点を、頭の中で整理・分解してみます。
- 視点の分類: 相手の立場(開発者、営業、顧客、管理者など)、専門分野(技術、デザイン、マーケティング、財務など)、思考様式(論理的、直感的、経験主義など)といった切り口で、得られた情報や発言を分類してみます。
- 視点の分解: ある発言や意見が、どのような前提、どのような知識、どのような経験に基づいて形成されているのかを分解して考えます。これにより、表面的な意見の対立ではなく、背景にある考え方の違いを理解することができます。
3. 意図的な「組み合わせ」のフレームワーク
分類・分解した異なる視点やそこから得られた要素を、自身の抱える課題や関心事と意図的に組み合わせてみます。
- アナロジー思考の応用: 全く異なる分野で成功している製品、サービス、プロセス、あるいは自然界の仕組みなどを、自身のビジネス課題に当てはめて考えてみます。例えば、物流業界の効率化手法をソフトウェア開発プロセスに適用できないか、生態系の「共生」の考え方をチームビルディングに取り込めないか、といった具合です。
- SCAMPER法の「Combine」(組み合わせ): 既存の製品、サービス、プロセスなどを改善・改良するフレームワークであるSCAMPER法の中から、「Combine(組み合わせ)」の視点を活用します。日常で触れる異なる要素(顧客の声+既存技術、競合の戦略+自社の強み、他部署の業務プロセス+自身の課題など)を意識的に組み合わせて、新しいアイデアを生み出せないか発想します。
- キーワードのマッピング: 会議の議事録、顧客からのフィードバック、異分野の書籍や記事から印象に残ったキーワードを抜き出し、それらをマインドマップやKJ法のように視覚的に関連付けてみます。異なる文脈で使われていたキーワード同士が意外な組み合わせで結びつき、新しい発想が生まれることがあります。
4. チームワークでの応用
チームメンバーは、それぞれ異なる経験、スキル、思考スタイルを持っています。これらの多様性を意図的に活用することも、視点の掛け合わせによるアイデア創出です。
- 多様性を重視したブレインストーミング: 意図的に異なるバックグラウンドを持つメンバーをアサインし、それぞれの視点から自由に発言を促します。ファシリテーターは、多様な意見を否定せず受け止め、異なる意見同士を結びつけるような問いかけを行います。
- 多角的な振り返り(ポストモーテム): プロジェクト終了後や問題発生時に、開発、QA、運用、ビジネス側、場合によっては顧客など、多様なステークホルダーを集めて振り返りを行います。それぞれの視点から何が起こったのか、どう感じたのかを共有することで、単一の部署だけでは気づけなかった課題や改善点が見えてきます。
ビジネス応用事例(架空)
事例1:部門間の知見の掛け合わせによる業務改善
あるIT企業で、開発部門は継続的なデリバリーを実現するための技術的な改善に注力していました。一方、セールス部門は顧客からのフィードバック収集や市場分析に多くの時間を費やしていました。
ある日、開発部門のPMが、セールス担当者との非公式な会話の中で、顧客が「製品の特定の機能について、詳細な利用イメージが掴みにくい」という声を多く聞いていることを知りました。開発部門では技術的な完成度を追求していましたが、顧客視点での「分かりやすさ」への考慮が不足していたのです。
ここでPMは、この顧客の声(セールスの視点)と、開発チームが持つ「自動テスト」や「デモ環境構築」の技術(開発の視点)を掛け合わせるアイデアを思いつきました。それは、「製品の利用シーンを想定したインタラクティブなデモ環境を自動生成し、それを顧客への説明資料として活用する」というものでした。
このアイデアは、単に顧客の課題を解決するだけでなく、セールス担当者が顧客に製品価値をより効果的に伝えられるようになり、さらに開発チームが顧客視点でのテストケースを自動化するきっかけにもなりました。部門間の異なる視点を組み合わせたことで、プロダクトの改善と営業活動の効率化という二重の効果を生んだ事例です。
事例2:日常の観察とテクノロジーを組み合わせたサービス発想
別のIT企業PMは、通勤中に駅のホームで多くの人がスマートフォンで動画やニュースを見ている姿を日々目にしていました。同時に、自身のプロジェクトで扱っている音声認識技術の精度が向上していることを知っていました。
ある日、友人とカフェで話している際に、その友人が「通勤中、満員電車でスマホを見るのが疲れるが、耳だけは空いている時間がある」と漏らしたのを聞きました。この何気ない一言(日常の観察)と、自身の持つ技術知識(テクノロジーの視点)がPMの中で結びつきました。
「耳が空いている時間」と「音声認識技術」を掛け合わせることで、「移動中でも、画面を見ずに音声入力だけで手軽に情報を収集・整理できるパーソナルアシスタントサービス」というアイデアが閃きました。
このアイデアは、後日社内で企画として検討され、新しいサービス開発プロジェクトへと繋がりました。日常の断片的な観察と、自身の専門分野である技術を意図的に組み合わせることで生まれた発想と言えます。
実践へのヒント
- 小さな試みから始める: 全てを一度に変える必要はありません。まずは、普段の会議中に一人だけ違う視点を持つ人の発言に特に注意を払ってみる、異分野の書籍や記事を月に一冊読んでみるなど、小さな習慣から始めてみましょう。
- 記録・振り返りの習慣: 得られた気づきや異なる視点を、手帳やデジタルツールに記録しておきましょう。後で見返した際に、点と点がつながり、思わぬアイデアが生まれることがあります。特に、会議の議事録や顧客とのやり取りのメモを見返すことは有効です。
- 心理的安全性の高い環境を作る: チーム内や組織内で、誰もが恐れずに多様な意見や一見突飛なアイデアを発言できる雰囲気を作ることが重要です。PMとして、異なる視点からの意見を歓迎し、価値を認める姿勢を示すことが、チーム全体の創造性を引き出すことに繋がります。
まとめ
IT企業PMとして、日々の業務の中で触れる多様な専門分野や立場の視点は、単なる連携対象ではなく、イノベーションの強力な源泉となり得ます。会議での発言、部門間のやり取り、顧客との対話といった「いつもの風景」の中に散らばる異なる視点を、意識的に観察し、分解し、そして自身の知識や課題と意図的に掛け合わせることで、従来の枠を超えた新しいアイデアを生み出すことが可能になります。
ご紹介した方法論や事例が、皆様が日常の中に潜むアイデアの種を見つけ出し、プロジェクトや組織に新たな価値をもたらす一助となれば幸いです。論理と創造性を組み合わせるこの視点拡張術を、ぜひ日々の実践に取り入れてみてください。