IT企業PMのための「部門の壁」をアイデアの種に変える:日常の連携からイノベーションを生む視点
はじめに:部門の「壁」はアイデアの鉱脈かもしれない
プロジェクトマネージャーとして多忙な日々を送る中で、あなたは様々な部門と連携し、合意形成を図り、プロジェクトを推進しています。開発、営業、マーケティング、法務、財務、人事など、それぞれの部門には独自の文化、優先順位、専門用語、そして「当たり前」が存在します。これらの違いは時として「壁」と感じられ、連携を難しくしたり、誤解を生んだりすることもあるでしょう。
ビジネス環境が複雑化し、既存の手法だけでは対応できない課題に直面する中で、新たなアイデアやイノベーションを生み出すことの重要性は増しています。しかし、創造的な発想は特別な訓練や才能がなければ生まれない、と思われがちかもしれません。
実は、あなたが日常的に直面しているこの部門間の「壁」こそが、アイデアの豊かな源泉となりうるのです。異なる視点や価値観の衝突、あるいはそこから生まれる摩擦や疑問点には、既存のシステムやプロセスを刷新し、新たな価値を生み出すためのヒントが隠されています。
本記事では、「暮らしのクリエイティブ視点」の考え方に基づき、IT企業PMが日常の部門間連携において感じる「壁」を、どのようにアイデアの「種」として捉え直し、ビジネスにおける創造的な問題解決やイノベーションに繋げていくか、その具体的な視点と方法をご紹介します。
「いつもの風景」としての部門間連携を見直す
部門間の連携は、IT企業PMにとって日常の一部です。会議、メール、チャット、共有ドキュメント、非公式な会話など、様々なチャネルを通じて日々コミュニケーションが行われています。これらの見慣れた光景の中に、「アイデアの種」を見出すための視点を導入してみましょう。
具体的には、以下のような瞬間に意識を向けてみてください。
- 会議での発言と反応: 特定の部門のメンバーが繰り返し使うキーワード、彼らが重要視する指標やリスク、他の部門の発言に対する意外な反応など。「なぜ彼らはそこで首を傾げたのだろう?」「この言葉にどんな意味合いを込めているのだろう?」といった疑問を持つことが出発点です。
- 共有資料の行間: 他部門が作成した企画書や報告書を読んだとき、記述の粒度、論点の立て方、データの示し方、あるいはあえて触れられていないことなどから、その部門の思考様式や優先順位を読み取ります。「なぜこの情報をこれほど詳細に書いているのか?」「なぜこの視点が抜けているのだろう?」といった視点です。
- コミュニケーションスタイルの違い: メールやチャットの頻度、返信速度、丁寧さ、情報共有の範囲など、部門ごとのスタイルが異なることがあります。これらのスタイルの違いが、その部門の業務内容や文化にどう紐づいているかを観察します。
- 業務プロセスやシステムの利用実態: 同じシステムを使っていても、部門によってよく使う機能や回避する操作、独自の工夫などが存在します。彼らが直面している潜在的な不便さや、編み出した workaround にこそ、改善や新たな機能のヒントが隠されています。
- 共通の課題に対する認識のズレ: 全社的な課題(例:顧客満足度向上、コスト削減)に対して、部門ごとに原因分析や解決策の方向性が異なる場合があります。この「ズレ」は、多角的な視点を得るための絶好の機会です。
これらの日常的な「違い」や「摩擦」は、単なる非効率やコミュニケーションギャップとして片付けられがちですが、そこに潜む「なぜ」を深掘りすることで、新たなアイデアの種を見出すことができるのです。
部門間の「壁」をアイデアの種に変える方法論
日常的な部門間連携の観察から得られた「気づき」を、具体的なアイデアに昇華させるための方法論をいくつかご紹介します。ペルソナの皆様が慣れ親しんだ論理的思考プロセスと、創造的な発想を組み合わせることを意識します。
1. 「なぜ」を問い続ける深掘り観察
ある部門のメンバーが特定のツールやプロセスに固執しているように見える、特定の情報伝達のスタイルを崩さない、といった状況に遭遇したとします。そこで「なぜ彼らはそうするのだろう?」と問いを立て、以下の視点で深掘りします。
- 彼らの目標・KPIは何か? 彼らの行動は、どのような目標達成に繋がっているのか、あるいは繋がっていないのか。
- 彼らの制約・リスクは何か? 法規制、予算、人員、時間、過去の失敗経験など、彼らが置かれている状況にはどのような制約があるのか。
- 彼らの顧客は誰か? 社内顧客か社外顧客か。彼らが最も価値を提供したいと考えている相手は誰で、その相手は何を求めているのか。
- 彼らの「当たり前」は何か? 彼らの部門内で共有されている暗黙の前提や文化、成功パターンは何か。
この「なぜ」の探求は、単なる状況把握に留まらず、彼らの視点や価値観を理解し、自分自身の「当たり前」を相対化することに繋がります。このプロセス自体が、新たな問題設定や解決策の糸口となります。
2. アナロジー思考による視点変換
異なる部門の業務プロセスや思考パターンを、自身の担当するITプロジェクトや課題に当てはめてみるアナロジー思考は有効です。
例: * マーケティング部門のカスタマージャーニー設計プロセスを、ユーザーサポート体制の改善に活かせないか? * 財務部門の厳格な承認フローを、システム変更管理プロセスに取り入れることで、リスク管理を強化できないか? * 法務部門が契約書を作成する際の「例外」への対応方法を、システム設計におけるエラハンドリングに応用できないか?
一見関係ないように思える異なる領域の考え方を借りてくることで、既存の枠に囚われない発想が生まれます。
3. 「共通言語」と「翻訳」の模索
部門間コミュニケーションの困難さは、しばしば言葉や概念の「意味のズレ」に起因します。このズレを意識的に認識し、解消しようとするプロセス自体が創造的です。
- 共通の目的を再定義する: プロジェクトや全社目標に対し、各部門がどのように貢献できるかを「共通の言葉」で語り直してみます。この再定義の過程で、従来の役割分担を超えた新しい連携の可能性が見えてきます。
- 「翻訳」の役割を担う: ある部門の専門用語や概念を、他の部門にも分かりやすい言葉で「翻訳」して説明することを試みます。この翻訳作業を通じて、各部門の視点の違いが明確になり、それを踏まえた上で、全員が理解できる共通のフレームワークや概念を構築するアイデアが生まれることがあります。
4. 異文化交流としての非公式な連携
形式ばらない場でのコミュニケーションは、相手のパーソナリティや部門の雰囲気、普段は語られない本音を知る機会となります。ランチタイムや休憩時間、社内イベントなどで、普段あまり話さない他部門の人と会話してみる、といった小さな行動が、予期せぬアイデアに繋がることがあります。彼らの日常業務の「リアル」を知ることは、前述の「なぜ」を深掘りするための重要なインプットとなります。
ビジネス応用事例
部門間の「壁」をアイデアの種に変えた架空のビジネス応用事例をいくつかご紹介します。
事例1:開発部門と営業部門の連携改善
- 日常の「壁」: 営業部門は顧客の「こういう機能が欲しい」という声が強く、開発部門はシステムの安定性や将来の拡張性を重視する傾向がある。営業は開発が遅いと感じ、開発は営業が無理な要求をすると感じる。
- 観察と「なぜ」: 営業が「なぜ」その機能を強く要望するのか? 顧客の具体的な課題は何か? 開発が「なぜ」慎重になるのか? 技術的な課題は? 過去の失敗経験は?
- アイデアの種: 顧客の課題を、営業が持つ「顧客の生の声」と、開発が持つ「技術的な実現可能性・システム構造の知識」の両面から分析するワークショップを定期開催する。単なる機能要望の伝達ではなく、顧客の根本的なニーズと、それを満たす技術的な選択肢を共に探る場を設ける。
- 生まれたアイデア: このワークショップから、顧客の課題解決に直結する「最小限の機能(MVP)」を素早く開発し、フィードバックを得ながら改善を進める新しい開発・リリースプロセスが考案された。また、営業が顧客に技術的な制約をより正確に伝えられるように、開発が簡単な技術解説資料を作成する、といった連携強化策も生まれた。
事例2:人事部門とIT部門の連携によるオンボーディング改善
- 日常の「壁」: 入社手続きや初期研修(人事)と、PC設定やシステムアカウント発行(IT)が分断されており、新入社員は手続きが煩雑だと感じる。IT部門は入社直前の急な依頼や情報不足に悩む。
- 観察と「なぜ」: 人事がそのタイミングでその情報が必要なのはなぜか? ITが必要な情報を得るのに時間がかかるのはなぜか? 新入社員が最も困るポイントは何か?
- アイデアの種: 新入社員がスムーズに業務を開始できるよう、人事とITが協力してオンボーディングプロセス全体を「新入社員体験」として捉え直す。
- 生まれたアイデア: 新入社員向けに、入社前〜入社後1ヶ月の間に必要な手続きや準備、利用システムに関する情報を集約した、オンラインでアクセス可能な「オンボーディングポータル」を共同開発するアイデアが生まれた。IT部門はアカウント発行に必要な情報を人事から早期に自動連携してもらう仕組みを構築し、人事部門はポータルを通じて初期研修の資料配布や進捗確認を効率化。新入社員はいつ何をする必要があるか明確になり、スムーズに業務に入れるようになった。
これらの事例は架空のものですが、日常的な部門間連携における小さな摩擦や課題を、「なぜ」を深掘りし、異なる視点を組み合わせることで、具体的な改善策やイノベーションに繋げられる可能性を示しています。
実践へのヒント
日常の部門間連携をアイデアの種に変えるための具体的な行動をいくつか提案します。
- 「部門連携観察ノート」をつける: 部門間のコミュニケーションで感じた「あれ?」「なぜだろう?」「ここは視点が違うな」といった小さな気づきをメモに残します。後で見返すと、共通するパターンや深掘りすべきテーマが見えてくることがあります。
- 異部門との1on1を設定する: 形式的な会議ではなく、ランチやコーヒーブレイクなどを利用して、他部門のメンバーと非公式な1on1を定期的に行います。彼らの業務の面白さ、大変さ、課題などをざっくばらんに話す中で、お互いの理解が深まり、思わぬヒントが得られることがあります。
- 部門横断ワークショップを企画する: 特定の課題やテーマについて、複数の部門からメンバーを集めてディスカッションする場を設けます。それぞれの部門の立場から意見を出し合うことで、多角的な視点が得られ、ブレインストーミングでは生まれにくい現実的なアイデアが生まれる可能性があります。
- 部門紹介資料を作成・共有する: 各部門の役割、目標、主要な業務プロセス、よく使うツールなどを紹介する簡単な資料を作成し、社内で共有します。お互いの「当たり前」を知ることで、コミュニケーションの際の無用な摩擦を減らし、建設的な議論の土台を作ることができます。
まとめ:部門の「壁」を越える創造性
IT企業PMの日常において、様々な部門との連携は避けて通れません。そして、そこに存在する視点の違いや「壁」は、時としてストレスの原因ともなり得ます。しかし、これらの「壁」を単なる障害としてではなく、異なる視点が交差する創造的な機会として捉え直すことで、新たな可能性が開けます。
日常的な部門間コミュニケーションの中に潜む「なぜ」を問い、異なる視点をアナロジー思考などで自身の課題に当てはめて考える。部門間の「共通言語」や「翻訳」を模索するプロセス自体にアイデアを見出す。非公式な場で人間的な繋がりを深める。
これらの視点と方法を実践することで、あなたはプロジェクトマネージャーとしての課題解決能力を向上させるだけでなく、チームや組織全体のイノベーションを促進する触媒となることができるでしょう。部門の「壁」を越えた先に、きっと新しいアイデアの鉱脈が広がっているはずです。